数日前の昼下がり、ドラちゃんから2枚の写真が届いた。何だろうと思ってモニターをのぞき込む。んっ!?地図か……。ソファかベッドか、ひろげられた2枚の地図。1枚には”ROME”という文字とイタリアの国旗が、もう1枚には”ROME ANTIQUE”と入っていた。どうやらローマの今の地図と古地図らしい。なんでまた……、と目を凝らした。
すると追いかけるようにもう1枚。2枚の地図が並べられ、その傍に”HISTORY OVER TIME PUZZLE”と入った箱が添えられていた。ようく見ると平板の地図はジグソーパズルらしい。その上にコロッセウムやバチカンなどの立体模型が乗っている
「ぷっ。ドラちゃんこんな趣味があったんや。しかっし、ヒマやなあ」
笑いそうになってハッとした。ドラちゃんはヒマなんだ……。追いかけてメッセージが届いた。
〈暇つぶしに作ってみました。ルーペを片手に悪戦苦闘です〉
と。確かにルーペらしきものも写っている。
ドラちゃんは何も語らない。だけどおおよそ飲食業に携わる人の思いは同じだろう。ある大将は言った。
「緊急事態宣言とかまん防とか、これが延々と続いたら本当にきつい」
ある女将は言った。
「時短要請で酒類の提供が7時までとかだったら、開けてても商売にならないわよ」
またあるバーテンダーは言った。
「なんで飲食業ばっかり……。なんで俺らばっかり」
ドラちゃんもきっと同じようなことを思っているに違いない。
でもドラちゃんはそんな愚痴は言わない。いや、1度だけそんなふうなことを聞いたな。
「店は休んでても、毎日出勤はしてるよ。けどね、掃除ばっかりしてても、もう掃除するとこないし。カウンターばっかり拭いててもお手上げな感じやね」
そうして毎日出勤が3日に1回になった。
「掃除するとこないし、空気の入れ換えして、排水溝の掃除して……。しゃあないな」
ドラちゃんは、ふふっと笑った。
ふたたび写真が届いた。右手の薬指が包帯でぐるぐる巻きになっていた。メッセージが添えられていた。
〈下水掃除のときにフタで指を挟んでしまいました。皮がズルむけになりました〉
指の先はひどく腫れ上がっているようだ。痛かっただろうな。厨房の中で汗を拭きふき下水の掃除をする。誰も見ていない。それでも黙々と掃除をする。フタが突然閉まり指を挟む。慌てて引き抜いた拍子に皮がむけた。
「いたっ!」
声を上げても誰もいない。痛みと照れ笑だけが残る。静かに時間が過ぎてゆく。
〈気ぃつけや〉
メッセージを打ちながらドラちゃんがジグソーパズルに向き合っている姿を想像した。
丸めた背中の後ろ姿しか思い浮かばなかった。Bluesだな。
〈長いトンネルやね。頑張ってね〉
そうとしか言えない無力感が残った。