「もったいない」の根っこ

8月1日の夜9時少し前。たこ入道店内に悲鳴のような声が上がった。
「いやあ、もったいない!」
「悲しいなあ……」
「しゃあないやん、なあ」
ドラちゃんがカウンターの上に並べたおばんざいを処分しはじめたのだ。処分!? そう捨てはじめたのだ。翌2日から8月いっぱいまで、京都府からの時短要請、酒類提供の停止要請を受けて、また営業を休止する。その日売れ残って食べきれないおばんざいは、処分せざるを得ない。だからみんな「なんで?」とは言わない。
「ご常連のひとりがタッパーを3個持ってきてわずかでももらってくれたのが救いやった」 1
ドラちゃんはそう言ってため息をついた。

通常営業なら、ドラちゃんは9時を回ると片付けにかかる。まず、カウンターの上のおばんざいを順に火にかけて冷まして冷蔵庫に入れる。空いた器を洗う、台拭きを洗う、そうやって閉店時間が来たら暖簾、看板を入れる。最後に店の掃除を済ませ、翌日の準備を整えて1日を仕舞うのだ。1年通してこれは変わらない風景だ。定休日前日の水曜日の夜でさえ、このルーティンは変わらない。40年以上変わらないドラちゃんのルーティンなのだ。
その場に居合わせた客はその夜の風景を決して忘れないはずだ。なぜそんなことが起きたのか、なぜそうせざるを得ないのか。美智子ママやドラちゃんだって、捨てたいなんて思わないはずだ。客が呟いた「もったいない」「悲しい」「しゃあない」は2人の想いの中に渦巻いていたはずだ。そんな辛い思いを何度か繰り返してきたこの1年半だ。だけど本当に辛いのは、営業を休止しなければならないことだ。

たこ入道では、京都府からの時短要請、酒類提供の停止要請を受けて、営業休止を繰り返してきた。何も考えない人は「給付金もらえていいじゃないか」などという。本当にそうなのだろうか。そういう人はわかっていない。働くことは「金」には代えられないのだ。ドラちゃんは経営者ではない。だが、ひとりの職人、料理人として、自分の人生として、黙々とたこ入道を支え続けてきた。「金」の問題ではない。
前回この欄でドラちゃんの小遣いが減らされたことを書いた。それに対していろいろなご意見ご感想をいただいた。だがその中に、ドラちゃんの小遣いがなぜ減ったのかということに思いを巡らせる声はほとんどなかった。なぜ減ったのだろう……。なぜドラちゃんは、あの文章を公開することに同意したのだろう……。

東京オリンピックの開会式で4000食の弁当が廃棄されたという話題が取りざたされている。この4000食の廃棄とたこ入道のおばんざい廃棄は、全く同列、同質に語られるものではない。前者は廃棄する者になんの痛みも辛さも伴わない、後者は痛みと辛さに満ちている。しかしその両方は同じ根を持っている。政治の無能、不能だ。
たこ入道、ドラちゃんの日常からだって政治を考えることはできるのだ。

美智子ママ、ドラちゃん、頑張れ! 営業再開の日には笑顔で会おう!

脚注

  1. たこ入道では通常お持ち帰りには対応していません

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