働くことは幸せ

営業再開の日。久しぶりに看板に灯が入った

長いトンネルだった。ほんとうに先の見えない日々を、どれほどの人が過ごしていただろう。新型コロナウイルスとのせめぎあいのような日々だ。特に都市部の飲食業に携わる人にとっては苦しい日々だったに違いない。

閉めたままの店も多い

たこ入道にしても、去年12月21日からは営業時間の短縮要請を受けて夜9時までの営業とし、年が明けて1月14日京都府にも緊急事態宣言が発出されると解除予定の2月7日までは休業を決めた。しかし状況は改善せず緊急事態宣言は3月7日まで延長され、たこ入道の再開も見送られたのだ。そうしてようやく、状況改善の兆しを受けて2月28日に宣言解除が決まると、翌3月1日たこ入道はひと月半ぶりに営業を再開した。営業再開とはいえ、営業は以前同様夜9時まで。酒類の提供は夜8時までだ。

黙々とだしを引くドラちゃん

早速美智子ママとドラちゃんの顔を見に出かけた。京都の街はどこも人が少なかった。緊急事態宣言が解除されたとはいえ、新型コロナウイルスの感染が収束したわけではない。変異種という新たな脅威、恐怖もある。街に出るのを極力避けようとする思いは強いだろう。錦市場を抜け、河原町を回り木屋町に向かった。最悪時の状況は知らない。しかし、ほんとうにこれが観光都市京都かと思わざるを得ない風景だった。気をぬくと第4波がくる、リバウンドするんじゃないかという、心の奥底を流れる恐怖感が渦を巻いている。これがニューノーマル、新しい生活様式というやつなのだろうか。

人通りの少ない錦市場
客のいないスタンド
人もまばらな蛸薬師通

開店の5時ちょうどに店の前に着いた。懐かしい風景だ。暖簾を割って中に入る。
「いらっしゃい!」
ドラちゃんがにこやかに迎えてくれた。何人かの先客がにこやかにくつろいでいた。カウンターはピカピカに磨き上げられている。店内は隅々まで掃除が行き届いていた。いつ営業再開してもいいように準備を整えていたようだ。
「営業再開おめでとうやね」と言うとドラちゃんは黙って笑った。
この日をどれだけ待ちわびていたか、その笑顔を見ただけでわかった。
美智子ママもいつになく愛想がいいし、言葉数も多い。高揚感が伝わってくる。ほんとうによかったと思った。

愛想よく話し相手になる美智子ママ

酔客の一人が教えてくれた。ドラちゃんは休業中も定休日を除く毎日、店に出勤していたという。客を迎えるわけではない。客を迎えるための準備を毎日欠かさなかったということだ。
「毎日出勤して、掃除して鍋釜食器を磨いてた?」と聞くと、ドラちゃんは笑ってうなずいた。
「店は休業やけど、うちらは休日やのうて仕事あるさかいな」美智子ママも笑いながら言った。
勘違いしていた。店が休みなら、ママもドラちゃんも休みだと。とんでもなかった。毎日出勤してちゃんと仕事をしていたのだ。

いつ見ても美しい風景

「補償金、給付金をもらって、飲食店はいいじゃないか」などという人がいる。そういう人は働けることの幸せを知らない人じゃないだろうか。働かないで金儲けだけしたいと思っているのではないだろうか。ドラちゃんやママにとって、働くことは幸せだし、どんな形であれ仕事を奪われることは苦痛でしかない。そうして僕らは、たこ入道の2人の仕事に身を委ね一息つくことが最上の喜びであり、幸せなんだ。飲食業だけが感染源だと言うような人がいる。そういう人はたこ入道のような店で味わえる幸せも知らないのだ。そんな当たり前のことが見えなくなっていた。そんな当たり前のことを気づかせてくれたのが新型コロナウイルスだったことはとても皮肉なことだが、この幸せを後戻りさせてはならない。そう強く思ってたこ入道を後にした。

働く幸せが漂うカウンター

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