ドラちゃんの趣味

たこ入道に何をしに行くか。そんなことを人にたずねたら、おまえはアホかと笑われるに決まってる。そうだ、たこ入道には酒を飲みに行くに決まっている。そんなわかりきったことをたずねているのではない。そう思うおまえがアホかと言い返さなければならない。
それは、酒を飲むにもなぜたこ入道を選ぶのかと聞き直したほうがいいかもしれないな。
たとえば僕の場合だが、ドラちゃんと話に行くのだ。そう、おおよその場合僕はその店のだれかと話をしに行くと言っていいだろう。それが店のだれかであることも、常連のお客さんであることも、相手はそれぞれの店で変わることはあっても、まずだれかと話すために酒を飲むのだ。

それがたこ入道の場合、ドラちゃんなのだ。「なんえ、うちとちゃうのん!?」と美智子ママから横やりが入りそうだが、そうなのだ。あるいは「ドラちゃんは無口やから、話になりますか?」と訝る人もいるだろう。ここだけの話だが、ああ見えて(どう見えるっちゅうねん)ドラちゃんは話があうとけっこう話し込む。趣味が合うとなおさらだ。
ドラちゃんと僕には共通の趣味がある。第一に読書だ。ドラちゃんはよく本を読む。ドラちゃんのバッグには必ず、取り出しやすいところに本を入れて持ち歩いている。このあいだ見かけた時は、タイトルこそ見えなかったけど、ずいぶん読み込んで表紙カバーがボロボロになった本が入っていた。

ドラちゃんと僕が共通で読んでいるもの。それは池波正太郎の一連の作品、とりわけ「鬼平犯科帳」だ。どのエピソードがいちばん好きかとか、密偵は誰がいちばんかっこいいとか、盗賊の中でいちばん許せないやつは誰かなどと、カウンターを挟んでボソボソと話をする。いつかそんな話をしていたところに、大滝の五郎蔵親分を演じていた故綿引勝彦さんが飛び込んできて盛り上がったことがある。あの時は「密偵たちの宴」の話だったっけ。忘れられない夜だ。

第二は阪神タイガースだ。シーズンになるとゲームのある日は必ずラジオ中継がかかっている。ドラちゃんは仕事しながらしっかり聞いている。しかし、ああだこうだと評論家めいたことは言わない。時々「福本の解説はおもろいなあ」などとゲーム本線以外のところでつぶやいたりする。とても静かだが、それだから人一倍の阪神愛を感じるのだ。

第三は、これはつい最近知ったことなのだが、スヌーピー大好きおじさんということだ。生誕70周年を迎えたスヌーピーの60年くらいを一緒に育ってきたわけだが、どうやらドラちゃんもそうらしい。数日前に会ったときスヌーピーの話になったのだが、ドラちゃんはペパーミント・パティがどうやら好きらしいが、なんとスヌーピーに登場するすべてのキャラクターの名前と性格が頭の中にインプットされているのだ。ちょっとびっくりしたな。

ああやって、無口でクールを装ってはいるけれど、ドラちゃん、なかなかやるよね。だから僕は、ドラちゃんと話すためにたこ入道に飲みに行くのだ。

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