明石焼きは飲み物か!?

その日のスタートは暇だった

「どないやねんな、この暇さ加減は……」ママは深いため息をついた。ドラちゃんは小さく頷いた。
その日、たこ入道は暇だった。開店から馴染みの客が1人入ったものの後続はなく、1時間半ほどはラジオの音が虚しく流れるだけで、ドラちゃんもママも手持ち無沙汰に過ごしていた。
ようやく独り客が2人、カップルが1組入ったのが開店から1時間半ほど経った頃だった。しかし暇な状態に変化はなかった。

はい! 明石焼きの焼き上がり!

ラジオの阪神広島戦が5回を迎えた頃だった。男性3人組がにこやかに入ってきた。明石焼きの焼き台の前に陣取り、それぞれ飲み物と明石焼きを注文する。「熱い熱い」を連発しながら勢いよく食べる。その表情はうまそうというより、実にうれしそうと言う方がぴったりだった。5分ほどで3人ともつけ出汁の器を口元に運び出汁をすすりはじめた。どうやら平らげたようだ。その頃までにさらに5人の客が増え七割方の席が埋まった。そのほとんどが明石焼きを注文する。
ドラちゃんはどんどん焼き続けどんどん客に出していく。注文のすべてをこなしたのに、さらに焼き続ける。前の3人組の追加だ。そうして食べ終わるとまた注文する。
ドラちゃんに彼らが何人前食べたのか聞いた。
「9人前」
ドラちゃんがフッと笑いながら言った。
「よく来るの?」
「たまに」
3人組の話を聞いてみた。

焼き台前に陣取った3人。真ん中が宮田さん

3人は宮田賢さんを中心とする会社の同僚。
会社は京都リサーチパークに本社を置く時代の先端を行く会社のようだ。
〈不可能ヲ可能ニスル世界観〉
そんなフレーズが名刺にあった。
時々たこ入道に、それも明石焼きを食べるために、3人でやって来るという。
いちばんよく食べていそうな彼に聞いた。
「今日はどれくらい食べました?」
「40個(4人前)ですね。今50個目を頼んでます」
「今日はまだ少ないほうじゃないかな」宮田さんが笑った。「10人前くらいいけるでしょ」
いちばんの彼は言う。
「来た時は必ずここ(焼き台前)に座ります。焼けたらすぐに出してもらえるでしょ。無駄な動きを省くためにもね」
「洗い場に板が溜まってくると、ちょっと遠慮して洗えるのを待ってたりしますけどね」と宮田さん。
ママがすかさず「そんなもんなんぼでもあるえ」と笑う。そうこうしている間に追加分が焼ける。50個目だ。

次々に焼かれる明石焼き

いちばんの彼はぽっこり出たお腹をさすって言った。
「明石焼きが溜まってる」
しかしまだまだ入りそうな感じだ。100個というのも誇張ではないなと思った。
「このふわふわ感がたまりませんよ。口の中で溶けていくみたいな。それと出汁かな」
彼の食べ方はこの店では珍しい。つけ出汁の中に3個ほど一度に入れる。そうすることで少々冷め、出汁を吸ってさらに柔らかくなり、食べやすく美味しくなるというのだ。それは「食べる」というよりも、さながら「飲む」という感じだなと思っていると、彼が笑いながら言った。
「明石焼きは飲み物ですから!」
まさにいただきますの一言だった。

食べるのではなく、飲む

時代の先端で仕事をする彼らには、たこ入道の明石焼きは思考疲れの頭を休めるには絶好の一品かもしれない。
結局彼はその日50個止まりだったようだ。
お疲れ様でした。

幸せを呼ぶたこ入道の明石焼き

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