忘憂物……

秋だ。酒の季節だ。
秋の酒はいい。人を誘うまでもなく、独りでじっくり物思いに耽りながら、杯を傾ける。とびきり美味い料理なんて必要ない。憂さのひとつふたつがあれば十分なのだ。

ほら、酒を一斗飲む間に詩を百詠んだという陶淵明に「飲酒」という詩がある。

秋菊有佳色 秋菊佳色あり
衷露採其英 露をまとうてその英を掇る
汎此忘憂物 此の忘憂の物に汎かべて、
遠我遺世情 我が世を遺るるの情を遠くす

忘憂物……。酒のことだ。頭に浮かんでは消える様々のことも、杯を重ねるにつけ、何処かに忘れてしまい、いつか日が暮れて世は何事もなかったかのようだといった感じだろうか。秋の酒はクールに飲むのがいい。

そんなクールな酒を求めて、高瀬川の流れを遡上するように、木屋町を蛸薬師に急ぐ。
だが思惑はすぐにはずれる。ここはたとえ独りで訪れても、顔なじみの酔客に両脇を固められ、あるいは向かいから見据えられ、決して独りを気取れないのだ。
こうなりゃあ仕方がない。ビールの1本も空けた頃には、クールな独り酒に諦めもつく。

すると陶淵明は去り、李白が現れる。

兩人對酌山花開
一杯一杯復一杯

だ。前後左右の酔客と対酌がはじまる。酒を酌み交わし、言葉を交え、夜を過ごす。
この店は、人を独りにしない。誰をも自然に受け入れ、分け隔てなく相対する。酒で憂さを忘れさせてくれるのではなく、人の空気で憂さを忘れさせてくれるのだ。

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